機能性の高さや価格、品質に対する信頼性で、国内のみならず海外でも高い人気を誇るブランド、無印良品。そんな同社のマーケティングの裏側には、“徹底的な顧客視点”があった。どのようにしてこの考え方が生まれたのか。また、そのためにデジタルをどう活用しているのか。消費者との関係作りを重視する良品計画のデジタルマーケティング戦略について、WEB事業部・川名氏に話を伺った。

まずは、川名様のこれまでのご経歴を簡単にお伺いできますでしょうか?

1992年に良品計画に入社してから、無印良品一筋でやってきました。弊社の場合、最初に必ず店舗へ配属されるので、例にならって私も下北沢店に配属されて社会人生活が始まりました。無印良品の場合、店舗に配属された後に店長へ昇格し、一人前になってから本部の仕事に就くというのが王道のキャリアパスです。

しかし、私の場合、なぜか入社して半年で企画室に配属され、宣伝業務を始めました。その後、2003年くらいに今のWeb事業部の前身であるeマーケティング担当に配属になり、マーケティング業務に従事し始めました。

当時のeマーケティング担当ではどのような業務を行っていたのですか?

当時からeマーケティングの役割は、“eコマース”と“デジタルマーケティング”の大きく二つに分かれていました。デジタル上での顧客接点がどんどん広がっている時期だったので、デジタルでコミュニケーションをして無印良品について理解してもらうことをミッションとしていました。

私はその中でも店舗やネットにいかにして足を運んでもらうか、という戦略を考える担当でした。オムニチャネルや、O2Oと呼ばれる戦略もこの2003年頃から始めているので、無印良品では先駆けて取り組んでいたことになります。もちろん当時そのような言葉はまだ存在しませんでしたが。

2003年段階でそこまで考えられている会社は少ないと思いますが、なぜ無印良品は早い段階からそこに着眼したのでしょうか?

2000年頃は、ECで商品を購入する人のほとんどが、単純に店舗に行けない人という状況で、デジタルマーケティングというよりネット通販レベルのものでした。店舗とネットで別々の戦略をとっていたので、店舗での顧客体験とネットでの顧客体験を部分最適している状態で、お客様から見た顧客体験の全体最適ができていませんでした。

その後2003年くらいまでは、お客様がECサイトに多く来るようにはなったんですが、売り上げは伸びないという状況が続いていました。この原因を調査してみると、サイトを訪れた人のうち、ECでの購入経験がある人は40%しかおらず、残りの60%は購入をしたことがないということがわかりました。

では、その60%の人たちはECサイト上で何をしているかと言うと、“商品を調べに来ている”んですよね。何か新商品は出ているか、どんなキャンペーンをやっているのか、今新宿にいるから近くに店舗はないか、といった具合に。

この調査をうけて、店舗とネットを区別して考えるのではなく、お互いの強みと弱みを連携し、お客様視点で購買体験を最適化することを考えました。例えば、営業時間であれば、ネットは24時間なのに対して、店舗は20時、21時には閉まってしまいますよね。

一方、店舗では実際に商品を食べたりや着たりして試すことができますが、ネットでは不可能です。ネットvs店舗ではなく、2つの異なるチャネルの補完関係や相乗効果の創出を意識するように心がけていきました。

お客様からしたら店舗もネットも同じ“無印良品”ということですね。一方で、多くの企業では店舗とネットのハレーションをよく耳にしますが、無印良品ではどのように解決していったのですか?

一番効果的だったのは、とてもシンプルですが会員割引のメルマガですね。当時はまだガラケーでしたが、会員30万人に対してメールで会員割引を送って、店舗への来客を促すO2Oの施策です。実際に多くのお客様が店舗に足を運んでいただき、売上もかなり上がりました。

すると、今までネットで購入されることを嫌っていた店長たちが、会員を増加させることが店舗への集客や売り上げに貢献することを知って、会員獲得を積極的に手伝ってくれるようになったのです。

他にも、店舗指定での商品受け取りを可能にして、売り上げを店舗に計上するという仕組みも作りました。店舗が閉まっている時間にネットを活用してもらうことで、営業時間外の売上や品揃えのない商品の売上が立つことになります。

また、お客様の立場でも、店舗で受け取ることができるので送料がかからないというメリットもあります。こういった取り組みが今でいうオムニチャネルの核となっています。

他にはお客様のどのような購買行動を意識していましたか?

当時は在庫に関するたくさんのお問い合わせが店舗に来ていました。お客様はECサイトをネットストアとしてだけではなく、「カタログ」としても捉えているということです。お客様はネットを閲覧してから店舗へ行くので、ある意味ネットで事前に接客していると捉えることもできます。これは店舗のサポートにもつながっています。洋服であれば一回試着しに来てもらえればいいですし、重いものであればもちろんネットで買うこともできます。

また、最近ではお客様の購買行動も多様化しており、Instagramも重要な顧客接点になっています。以前、「チョコがけいちご」という、フリーズドライいちごにチョコレートをかけた無印良品の商品をインスタに投稿しました。すると多くの反響があり、中国人の方が日本のECサイトで全部購入したという話がありました。

正直このような購買行動は予測できません。当時のInstagramはリンクが貼れなかったので、eコマースに向いていないという声もありましたが、デジタル化に伴ってお客様の購買行動も変化しているので、常にお客様に寄り添うことが大事だと改めて感じました。

やはり無印良品では“顧客視点”をとても意識されているんですね。この視点を持ち続けるために全社で工夫されている考え方などあるのでしょうか?

無印良品では「自分にマーケティングする」という考え方が浸透しています。特徴的なのが、弊社の社員は無印良品が好きな人間がほとんどを占めています。私もそのうちの一人ですが、つまるところファン代表ということです。これはAppleやスターバックスも同じではないでしょうか。このような環境で、「お客様に聞く前に、無印良品の人間として無印良品の商品をどう思ったのか」を考えることがとても大切だと思います。これが自分にマーケティングするという考え方です。

スティーブ・ジョブズが新しい商品を発表した時に、記者から「どのくらいリサーチして、どのように売り出すのか」と聞かれ、それに対して「今朝マーケティングをしてきたさ。自分の顔を眺めてきたんだ。」と返した、という話があります。どういうことかと言うと、Appleに会員ナンバーがあるとしたら、ジョブスは会員ナンバー1番で、1番のファンだということです。 同じようなカルチャーが無印良品にも根付いています。

また、テクノロジーやビジネスというよりも、“肌感覚”や“自然のものを大切にする”というカルチャーも無印良品には根付いています。資本の論理ではなく人間の論理で考えようということです。

たくさん売ろうとか儲けようとするのではなく、シンプルな商品を作り、そこで織りなすライフスタイルを世の中に提案する。そのために店舗を作り、店舗の中でプレゼンテーションをして、それに共感する人が増えれば、少ない資源でも世の中が豊かになります。無印良品はこのような世界を目指して始まった会社なのです。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 川名 常海

    良品計画

    WEB事業部 部長

    1992年良品計画入社し宣伝販促業務を担当。2004年より現在のWEB事業部に所属。ECサイト「無印良品ネットストア」、顧客との共創を目的としたコミュニティサイト「くらしの良品研究所」、モバイルアプリ「MUJI passport」など無印良品のデジタルマーケティング全体を統括。

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