2000年6月に設立されたOisix。有機野菜や自然食品のEC事業を中心に展開し、2010年には最初の実店舗を出店、2013年には東証マザーズに上場と順調に業績を伸ばしている。2014年からOisixのCMOに就任し、2017年4月からCMT (Chief Marketing Technologist)を務める西井敏恭氏は今後のマーケティングについて「高品質かつ大量のデータに基づいた仮説と検証が必須」「テクノロジーとクリエイティブ両方に精通するマーケターが生き残る」と語る。この発言の真意について、CMTの立場として初めてお話を伺った。

早速ですが、4月からCMOからCMTに肩書が変わったということですが、CMTとはどのような役割なのでしょうか?

私は3年前に入社したのですが、当時は90%以上がオンライン販売でしたので、オンラインのマーケティングを強化するべくCMOとして参画しました。当時、社長の高島は、オイシックスが拡大するにともなってお客様との距離が遠くなってしまうことを懸念しており、より現場のメンバーに近い立ち位置で意見を吸い上げるなど、トップダウンではなく、ボトムアップとしてのマーケティング機能を期待していると私には話していました。

また、高島は「社員全員がマーケターの時代だ」というような話をよくしています。直近の3月まで、CMOとしてECの広告領域やリピートマーケティング、サイトUIなどを中心に見ていましたが、全員がマーケターなので、それを組織に組み込んでいくのも私の役割でした。

一方で、今の時代、マーケティングと一番密接に関わっているのはテクノロジーですし、Oisixはお客様のデータを見て、生活を想像して、そこから打ち手を生み出すというデータマーケティングを得意としています。なので、一年くらいは私の管轄をIT領域にも広げてもらって、マーケティング×テクノロジーをさらに強化させていこうと。そこで今年からOisixではAI推進室を作ったり、システム側に関しても、今までのウォーターフォール型の開発からグロースハックを意識した開発に切り替える動きをしていて、私もその仕組みを作る役割をやっています。

その流れの中で「CMO」から「CMT (Chief Marketing Technologist) 」に変更になりました。とはいえ元々EC事業本部を見ていたものの、サイトのリニューアルやアプリ制作などの部門横断プロジェクトのオーナーを担当することも多く、ITとの関わりも強かったので、改めて正式に肩書が変わったような形ですね。

肩書が変わったが業務内容はあまり変わらないということなのでしょうか?

そうですね。入社当初はマーケティングに関すること全般で、現場に幅広く関わっていました。そのうちにブランディングや店舗などは、奥谷(※注)の統合マーケティング部が担当するようになったので、今まで私が幅広く見ていた領域が、絞られて深くなった形です。

もちろんCMTというポジションを作ったのは会社としての意思もあります。2年前にOisixというブランドをもう一度作り直そうという時期がありました。Web広告をもっと成長させるためにやり方を変えようとか、購買チャネルにおけるスマホシフトにも対応しないといけないとか、マーケティング領域でやることがたくさんあったんですが、今ではその変化を乗り越えて、それぞれの専任担当が充分に機能しています。なので私も、より専門的領域に特化できるようになり、テクノロジー×マーケティング領域を担当しています。

CMTというポジションが誕生した背景は、Oisix社固有の問題だったのでしょうか、それとも市場として少しずつマーケティングの役割が変わってきたという認識なのでしょうか?

どちらもあると思います。そもそもマーケティングの重要性はどんどん高まってきています。マーケティングといっても本当に幅が広くて、商品開発をさしている会社もあれば、広告をさしている会社もある。私はマーケティングというのはお客様を考えて、「買いたい」という気持ちを醸成することだと考えています。つまり、会社というのはセールス部門からCS部門も含めて、お客様と接している全員がマーケティングと密接な関係にあるといえます。

とはいえ、そういうマインドを作れたとしても、商品を作っている人やCS対応している人がデジタルマーケティングに詳しくなれるかというと実際なかなか難しい。今後の市場において、データマーケティングの重要度が明らかに高まっていきますが、そのためにしっかりデータを整えようとしてもできる人が今は少なかった。だからその部分を会社としても強くしていこうということでCMTは生まれました。

これからの時代、テクノロジーとマーケティングは切っても切り離せない関係になりそうですね。ではOisixについてお伺いできればと思います。データマーケティングにおいて、Oisixで成功した事例、失敗した事例があれば教えてください。

Oisixでは、なんとなく実行する、というのは社内文化として無く、データを見て、仮説を立てて、その上で実行するというのが当たり前になっているので、成功事例と言われてもあまりピンと来ませんが、会社そのものが成功事例かもしれませんね。この10数年見ても大きな失敗はありません。小さな失敗はたくさんありますよ。でも、きちんとデータを見て、実行した後に仮説が当たったかどうかを検証して次に繋げられればそれで良いんです。

特にOisixの場合、普通の通販会社と比べて保有しているデータは、サイトの回遊データや購入データを一つとっても量が多い。Oisixでは週に1回、まとめて20点ぐらい注文するのが普通ですが、例えば化粧品では3カ月に1回、1~2点を注文する程度です。他業種と比較すると、1年間で膨大なデータが取得できるので、Oisixのようなモデルとデータマーケティングはとても相性がいいんです。

データマーケティングを推進する際にどのような観点を意識されているのでしょうか?購入する商品の組み合わせや、回遊や、頻度や季節性など色々あると思いますが。 

データマーケティングだからといって高度なことばかりをやるわけではありません。とっかかりとして数値の分析や傾向観察をすることで新しい示唆を見出すこともできます。

例えば、LPを見ていても、季節によってCVRがいい野菜は全く違います。でもその動きも毎年相関性を見ておけば、ある程度想像できるようになります。他にもPCサイトのリニューアルや、スマホやアプリの最適化などをする際には、毎週12万人の定期ユーザーに対して半分は現行のUI、半分には新しいUIを提示してみると、購買行動をA/Bテストすることもできます。そのデータを元に「なんでこの売り場で購入数が下がったのか」といった仮説を立てられますよね。多岐にわたる全ての領域でデータは見るようにしています。

常に仮説を立てて、検証して、ブラッシュアップをするサイクルが確立されているんですね。

そうですね。例えば普段からOisix中心の食生活を送っているお客さんと、そうでないお客さんの違いを分析する際にも、固定で買う商品を決めているお客さんは毎週買いやすいとか、逆に毎回ゼロから選んで買うものを決めているお客さんは定着率が低いとか、そういう部分は仮説ありきでデータを見ないと見えてこないんです。

ただそれが出来るようになると、定着していないお客さんに対しては、毎週必要になるようなOisixの良い商品を値引きして買っていただいて、試してもらって、定着していくかどうかを分析することも可能になるわけです。いろいろな仮説をデータで検証し、打ち手に繋げています。

そういった形で、マーケターとして常に仮説を立て、データ検証している方は何名くらいいるのでしょうか?

社員全員がデータありきで話をしています。マーケティングに関するデータが見られるダッシュボードがあって、各部署が見るべき数字も決まっているので、誰もが簡単に自分の業務に関わるデータを見られる環境があります。そのうえで、社内全てのデータを取り扱っているデータサイエンティストと呼ばれる人間が数名います。DWHから適切なデータを引っ張ってきて、ダッシュボードまで持って来たり、新しい仮説を立てる際にデータを分析するのが彼らの仕事です。

Oisix特有のこともあるとは思いますが、データマーケティングを会社全体で推進していく時に、体制面で重要なポイントは何かあるんでしょうか?

データを簡単に取り出せて、かつそのデータを生かす状態を常に作ることがすべてですね。例えば、担当者各々が見るべきデータを見れば先週と比較してどうなのかがすぐに分かる状況などを作っておくことが重要です。

他にはOisixの特徴的な取り組みだと、毎週定期購入しているお客さんで会員番号下一桁が奇数の人と偶数の人にUIの出し分けをしています。最近では単純にA/Bテストをしているサイトもありますが、そのA/Bテストってあんまり精緻ではないですよね。初めてサイトに来た人と、何かでOisixを知ってからサイトに来た人と、昔からサービスを使っていてサイトに来た人全員にA/Bテストをしてもなかなかうまく行かない。Oisixの場合はその下一桁の番号で切り分けられるので、比較的精度も高く実施できる。これは、仮説を立ててその仮説が正しいかどうか検証するためにはとても重要です。

データを取り出すというのは個人のスキルによる部分も大きいと思います。部門をまたいでデータ抽出を依頼すると時間がかかってしまうとよく聞くんですが、マーケティング部の中にエンジニアやデータサイエンティストがいることが理想なのでしょうか。

それはその通りですね。Oisixの場合は常にそういう方針を取ってきましたし、私が前職にいたころもそうでした。スタッフ全員が每朝ダッシュボードを見ているという状態がつくられていることはとても珍しいと思います。

そのようなマーケティングエンジニアは現在市場にいるんでしょうか?

今はいないですが、今後増えてくると思います。Oisixの中でもこの3〜4年でエンジニアだった人がどんどんマーケティング側に寄ってきています。もちろんそれぞれキャリアに対する考え方の違いがあるので、ずっとプログラミングをしていたい人もいれば、そうでない人もいます。どちらがいい、悪いではありません。

今後、データマーケティングは必ず時代の潮流になると思いますが、どのようにデジタルマーケティングは変化していくと思いますか?

例えばですが、全員プログラミングスキルが必要な時代も来るかもしれません。私も人並み以上にできるわけではないですが、英語を勉強するのと同じようにある程度プログラミングの仕組みを理解していないと、デジタルマーケティングに関しても理解ができなくなってくるはずです。例えばAIもそうですが、新しいテクノロジーの基本をちゃんと身につけていかないといけないと思います。これからの時代テクノロジーリテラシーは必ず必要になってきますね。

プログラミングやテクノロジーに対する知識を持つ、という観点もあれば、一方でテクノロジーの知見はなくとも、デジタルマーケティング施策を一元的にできてしまうプロダクトを利用して、分析やマーケティング施策などを実施するという観点もあるかと思います。そちらについてはいかが思われますか。

当然あり得ます。テクノロジーとクリエイティブの両軸が重要でして、一時期デジタルマーケティングが流行った時は、クリエイティブの部分が欠落し、テクノロジーの部分に寄っていたと思うんです。しかし、今やテクノロジーの部分はAIの進歩もあって、AIに任せた方が結果が出るようになっています。

例えば広告配信においても、今までは人間が入札管理をしていましたが、今では自動入札にして全体のポートフォリオ管理だけすれば、パフォーマンスは良かったりします。そうなると、パフォーマンスを差別化するポイントが結局クリエイティブになってくる。なので、広告運用の担当のほとんどが不要になってくると思います。データを最適化するのは人よりもAIの方が絶対に得意ですし、コストも抑えられるし結果も出るような時代になってきた。

ただその反面クリエイティブは本当に重要で、例えば昔のカメラマンがInstagramの写真について「加工ばかりされていてダメだ」と言ったり、逆にInstagramばかり見ている若い子がカメラマンの写真を「つまらない」と言ったりする話を聞きます。それってどちらが正しいというよりも、何がお客様の好みに合うか、に過ぎません。どういうクリエイティブであればその人が興味を持つのかまで考えられる人は非常に貴重だと思います。原点回帰ではないですが、クリエイティブは改めて重要になってくると思います。

やはりクリエイティブ要素はマーケターの価値の源泉なのでしょうか。

そうですね。相手の気持ちを理解してコミュニケーションを取れる人はマーケティングができます。さらに素養としてエンジニアのスキルがあれば最強だと思います。

また、今後起きうるイノベーションもテクノロジーからしか生まれないと思います。もちろん、テクノロジーの力で今までの無駄な作業を排除して、クリエイティブに集中しようという流れが来るという方向性は絶対に間違っていないですが、反面本当にマーケティング起点でイノベーションを起こすのであれば、エンジニアの力は必須です。テクノロジー自体を会社全体で磨いていくことが今後の企業の存続に大きく関わってくると思います。

 

※ オイシックス株式会社 COCO(Chief Omni-Channel Officer) 奥谷 孝司 氏
1997年良品計画入社。3年間の店舗経験後、取引先の商社に2年出向しドイツ駐在。家具、雑貨関連の商品開発や貿易業務に従事。帰国後、海外のプロダクトデザイナーとのコラボレーションを手掛ける「World MUJI企画」を運営。2005年衣服雑貨部の衣料雑貨のカテゴリーマネージャー。現在定番商品の「足なり直角靴下」を開発、ヒット商品に。2010年WEB事業部長。「MUJI passport」のプロデュースで、2014年日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会の第2回WebグランプリのWeb人部門でWeb人大賞を受賞。 2015年10月、オイシックス株式会社入社。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 西井 敏恭

    オイシックス・ラ・大地

    執行役員

    CMT

    シンクロ

    代表取締役社長

    株式会社ドクターシーラボにてデジタルマーケティングの責任者を務め、独立。国内大手からスタートアップ企業のマーケティングアドバイザーをしながら、オイシックス株式会社執行役員CMTとしてEC戦略を担当している。また、フロムスクラッチ社のCIOも務める。著書に『デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法』がある。

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